マツオヒロミ先生インタビュー!絵の魅力を決める「掴み」の描き方テクニック
和モダンな雰囲気や憂いある女性たちを描き続けるイラストレーター マツオヒロミ先生。
着物や近代建築を題材とした書籍の装画やイラストを中心に活動されております。
細部までこだわり抜いて描かれる着物のデザインや装飾、煌びやかな衣装に飾られた女性たちからは、かわいらしさであったりミステリアスな雰囲気を感じられます。
特に描きこまれているという目や指先から伺える表情は、一度見た人の心を掴んで離さない魅力があります。
今回は、そんなマツオ先生の出生やイラスト制作における考え方とテクニックを詳しくお聞きしました。
マツオヒロミ先生のお仕事やプロになるまでをインタビュー
マツオヒロミ先生の普段の活動につきましてご紹介をお願い致します
マツオヒロミ先生:単行本「百貨店ワルツ」発行以降は、画集、乙女の本棚シリーズなどの自身の著作執筆にも注力しています。
美術館での展覧会も大体年1くらいで開催していただいております。
創作同人誌作りが大好きで、これからも続けたい活動です。自分でテーマを定め、ディレクションして、絵を描きデザインもする、という本を作ることが好きです。
マツオ先生の仕事をする日の時間配分や休日の過ごし方を教えてください。普段から続けている習慣などもあれば、あわせてお願いいたします。
マツオヒロミ先生:子どもが産まれてからは着物を着る機会は減りましたが、チャンスを見つけては楽しんでいます。
展覧会は京阪神や首都圏の方が観たいものが多かったので、コロナ禍以前はかなり頻繁に京阪神に出かけていました。首都圏のものは同人誌イベントの前後の日程で、はしごしたり。休日は楽しい体験や、わくわくするような美をインプットする時間に当てています。
また週1本は映画を観るようにしています。
実際に絵を描く作業は、基本的に平日に進めています。
子供が保育園に行っている間の8時ごろから16時ごろまで仕事の絵を描き、子供が寝ている早朝の1、2時間くらいを仕事や練習に当てています。
最近、毎日のルーティンでヨガと日記を続けていますが、心身ともに整うように感じています。
絵を描く仕事がしたいといつから思い始めましたか?ご家族や周囲の反応などあれば合わせてお願い致します。
マツオヒロミ先生: 美術とは全く関係のない人文系の学部に進学した際に強烈な違和感があり
ここで軌道修正をしないと絵と関係の無い人生になると感じてから、絵を描いて生きてくことを軸に考え始めました。
就職はしないでフリーターをしながら絵に専念する、と両親に伝えたときは強く反対されました。
企業に就職した上で絵を続けられないか、と持ちかけられましたが、それをするつもりで絵と関係の無い大学に進学した結果が「強烈な違和感」だったので、私としては親に何を言われてもこれ以上関係の無いところに時間を使わない、という決心がありました。
それから絵の勉強をしたり個展開催をしたりするうちにやる気が伝わったようで、1年後くらいには応援してくれるようになりました。
進学先に美術系大学ではなく人文系学部を選ばれたのは、ご両親や周囲の考え方・価値観に従って決められたのでしょうか。
マツオヒロミ先生:進学校でして、『せっかく良い大学に入れる環境で勉強できているのに博打に近い絵の進路を選ぶのはもったいない。大学に入ってから好きなことをしろ』が当時の先生や親などに共通した言い方でしたね。
正直、大人たちのいう『良い大学』に入れさえすれば良く、進学先はどこでもいい。早く大学に行って好きなことをしよう。とだけ考えてました。
「絵を描く人生にしよう」と覚悟を決めたのは、そうして進学した先の同級生たちの姿でした。彼らのほとんどがその大学で学びたいから厳しい受験を乗り越えてきていました。
中には〜先生のところで勉強したいからその大学に進学した、という既にその分野に対して高い志を持つ同級生もいたくらいです。
そんな彼らに「あなたは絵が趣味なんだね」と言われた時には、情けなくて、怒りで気持ちがいっぱいになりました。自分は何をやってるんだ、という怒りです。
そこには本気で絵を描いている人は一人もいませんでした。私を含めて誰も。
私はここで絵を描く人生を選ばないと、今度は関係ない仕事を選んで、さらに関係ない生活を続けて、一生戻れなくなる。全く関係のない分野の本気の人たちの中で虚な自分を自覚したからこそ、そう強く感じたのだと思います。
影響を受けた作家さまや、絵を描くきっかけとなった人物はいますか?また出会ったきっかけもあわせてお願い致します。
マツオヒロミ先生:小学校五年生の頃に『宇宙皇子』という小説にハマりまして、その装画、挿絵をご担当されていたのがいのまたさんでした。
当時、もともと古代史にハマっていたのですが、アニメ調の絵柄で(しかもすごいカリスマ性)そうした世界観をファンタジックにかっこよく描かれていて、非常に衝撃でした。
「お絵かき」から「作品を作る」という感じに画面構成して描き始めるきっかけにもなりました。
竹久夢二さんの作品に触れたのは小4くらいだったと思いますが、こちらもずっと影響を受け続けています。
他にも林静一さん、わたせせいぞうさん、楠本まきさん、…と10代の頃にたくさんの方に影響を受けました。
大学に進学したあたりから、イラストや漫画から美術系にも視野を広げるようになって、ビアズリー、甲斐荘楠音などにも影響を受けるようになりました。
覚悟を決めて絵のプロになると決心されてから、「最初に」取り組んだことは何でしたか?
マツオヒロミ先生:したがって、具体的に何か決めて取り組んだ、というよりは手当たり次第やれそうなことをやっていました。
漫画を描いてみたり、イラスト雑誌に投稿したり。大学も美術系の学校に入り直すのは経済的に難しかったので、大学内で美術系の学科に転科しようと受験して落ちたこともあります。批評してくれそうなプロの方には積極的に意見を伺っていました。
当時、インターネットでイラストを発表している方の多くが個人HPを持っていて、そこでお絵かき掲示板というイラストの掲示板を設置されているサイトが多くありました。
そこでイラストを描くことにハマって、かなりの頻度で描いていました。それが一番力になりましたね。簡単なお絵描き機能しかないツールを使うことで完成のハードルが下がるんです。
そこで何度も完成を繰り返すうちにスキルアップしていったように思います。
そうこうしているうちにmixiもやるようになった頃、お仕事をいただくようになりました。
どちらかというと、その数年後に勤めを辞めてイラスト一本でやる、と決めた頃の方が具体的に動いていましたね。
漫画家への道はすっぱり諦めて、イラストに完全に集中して動きました。
ポートフォリオを作って出版社に持ち込みをする、同人誌を年に3冊は出す、pixivを頻繁に更新する。
ということをまずは決めて動きました。
この中で一番大きな力になって仕事に繋がったのは同人誌です。
ただ当時は2010年でして、今だったら別の方法も取り入れているような気がします。
イラストレーターや漫画家に憧れる方が多い中、プロになる前のマツオ先生はどのような活動やアプローチをされましたか?
2000年代の頃はmixiというSNSがありまして、そちらで作品をアップしていたのがきっかけでお仕事をいただけるようになりました。
マツオヒロミ先生: mixiは今のTwitterと大体人との繋がり方は同じでしたね。
今でもTwitterに作品をアップすることでお仕事に繋がりやすいように感じています。
色んな作家さんの作品を見て刺激や影響を受けたり交流したりして
自分自身の研鑽につながるところも一緒ですね。
制作以外の場面でも、絵の仕事を継続して繋げるために気を付けたり心掛けたりされていることはございますか?
魅力的な絵を描くためのコツや、おすすめの上達法などはございますか?
マツオヒロミ先生:明暗、色相、描き込み量、色んな要素で「コントラスト」を意識するようにしています。
アウトプットと同じくらい、インプットを重要視しています。
おすすめの上達法、色々ありますが、ポーズマニアックスさんのサイトであったネガティヴスペースドローイングが私にとって特に良かったように思います。
冷静に形を捉える練習になりました。線を丁寧に引く練習にもなりました。
あとはひたすら模写をよくやってます。描きたいものや好きなものを描いてみて、手の中に覚えさせていく感じが楽しいです。
よろしければ今回お送り頂きましたイラストのうち1点で意識された「掴み」のポイントや作画のコンセプトを教えてください
上の作品ですと、女の子たちのポーズ、背景、でしょうか。
ピンクのサングラスの子はサングラスをかけている途中でシャッターを切られた、みたいな感じにしてます。
ズレてるサングラスから覗く瞳ってかわいいですよね。顔の周りに両手があるのも華やかに見えます。それに対して水色のサングラスの子はすました感じです。二人のポーズは対比を狙って決めました。対比も「掴み」の要素の一つだと思います。
背景は、撮りためた写真を参考に、そこに色んな要素を足したり引いたりしています。吊り下がったランプの意匠、窓枠やタイルのレトロ感など、「こんなところに行ってみたいな」と考えながら作り込んでいきました。
これらの要素の持つ素敵さも「掴み」として意識しました。また、シンメトリックな構成が、女の子二人を立たせるのキャッチーと感じて、この背景になりました。
絵を描くのに悩んだりつまづいたりしたご経験はありますか?どのように逆境を乗り越えたかもあわせてお願い致します。
マツオヒロミ先生:最近は「1mmでも進んでみよう」をモットーにやっています。
少しだけでも前に進められることを、難しいことはあんまり状況が変わらなかったりするので簡単なことから、それでいいから1mmでも「進む」ことを大事に、の気持ちでやっています。
1枚の作品をつくるのにどれくらいのペースで描き上げられますか?構想やアイデア、線画、塗りでそれぞれ何時間~何日くらいか教えてください。
よろしければ、ラフ画をお見せいただけますか?
マツオヒロミ先生:緩めのラフだと、設計ミスが生じることもあり、その判明が完成間近であれば納期的にかなり辛いです。デザイナーさんやクライアントに完成間近で「変更したい」とお願いするのもご迷惑かなと思いまして、ラフの段階で「これ!」という状態になってから描き始めるようにしています。
一方、オリジナルは後から全然リテイクできるのでそこまで詰めていません。
ただ、「これを描きたい!」というグッとくるポイントやプランがないと迷走するので、そこだけは押さえるようにしています。
最も時間をかけて描き込むパーツや、逆に時間短縮のために工夫する部分はありますか?
マツオヒロミ先生:全体の色選びの基準やコツについてですが、普段から「このトーンが好き」「この配色で描いてみたい」など意識することが多いので、そこから発想して描いているように思います。
コラージュを作るのが好きなので、そこからインスピレーションを得たりもします。大体ちょっとレトロなトーンが多いですね。
コツというか、常に意識しているのはやはりコントラストです。補色であったり、モノクロ化した時の明度の差などです。
好きなものから発想する反面、私の傾向として独りよがりになりがちなところがあるので、それらの「コントラスト」がちょうど引き締め役になっている感じです。
仕事で使われている道具や機材、作画環境を教えてください。
液タブやイラストソフトを使った作画を始めたきっかけや使い始めたタイミングはいつでしたか?
マツオヒロミ先生:卓上や机周りが液タブや配線でごちゃごちゃするのが嫌だった、というのが避けてきた理由ですが、より早く描けるようになるには板タブより直接描ける液タブだろう、と思い切って投入しました。大正解でした。時短にはまだ繋がっていませんが、描くことがより一層楽しくなりました。
20年近く連れ添った板タブ+Photoshopのスタイルほどはまだ慣れてませんが、CLIP STUDIO PAINTも加えて液タブで描くことに手応えを感じています。
板タブやPhotoshopはデジタルで描き始めたのとほぼ同時でした。
アナログでは描く技術が全く無かったので完成までに挫折することが多かったですが、Photoshopでは彩色がとても楽しくて続けることができました。もともとパキッとした版画っぽい画面が好きなので、アナログでの絵の具を使った彩色よりもデジタルの方が相性が良かったかもしれません。
デジタル作画上達のための工夫ですが、画材なのでやはり毎日使っていくうちに自分にフィットする描き方が掴めたりすると思うので、どんどん使うことが大切だと感じています。また、すでにある技法をしっかり学ぶことも大事かなと思っています。
過去、絵の練習をしたいと思い立った時にもし身近に頼れる先生やプロがいたら何を教えてほしいですか?
マツオヒロミ先生:「私の絵、何となくいけてないのは分かるんですが、どうしたらもっと良くなりますか?」
ですね‥。
このように、質問がぼや〜〜としてたように思います。
自分の作品に何が足りないか、何を強化すべきか、ということが分かるようになったのはある程度描けるようになってからで
当時の自分は「何がわからないのかがわからない」というところかなと振り返っています。
脱線かもしれませんが、今思うと身近にプロがいたら聞いておけよ!と痛感するのが
スケジュールの管理方法などの時間の使い方、仕事の選び方、事務処理など
プロとしての具体的な運用スキルです。
反面教師も含めて、色んなケーススタディを知りたかったです。
現在、最前線で活躍されるマツオ先生からプロになりたてのご自身にアドバイスをしてあげるとすれば、どんなアドバイスをされますか?
マツオヒロミ先生:それ以前は大きな企業から認められることや高い評価にばかり執着していました。そうした執着を手放して、自分の目の前の喜んでくれる人や自分の描きたい衝動に焦点を合わせたら、仕事もうまく回り始めました。
こんな面白いものがあるんだけどこんな感じなんですよちょっと上手く描けてるか分かんないけどこの柄合わせ、たぎるから見て!!とか、なんでこれが無いのかな?作るしかないじゃん!みたいな感じです。見てくれる人に楽しんでもらったり、心を潤わせるのが仕事なのでそこを一番大切に続けてほしいです。
キャリアを積むほどに大きな案件が増えてきて、そうした心持ちを見失うような局面も少なくなかったです。どんな時も目の前に確かな喜びを作ることを大切にしてほしい、と伝えたいです。
あとは完璧主義は手放そうね!ですね。8割できたら上出来、大丈夫だよ!です。
弊社は個別指導のイラスト・マンガ教室を運営していおりまして、一人づつの課題に対して提案や指導が受けられるスクールについてどう思われますか?
プロを目指す方にメッセージをお願い致します
マツオヒロミ先生:大好きだからこそ余計に苦しく辛いこともあると思います。
それは好きなことを選んで、そこに生きているからこそなんだ、と私自身はようやくその苦しさを受け入れられるようになってきました。
沢山楽しんで、もがいて、喜んで、絵とともにある人生を生きていこうと思っています。
どうぞみなさんも夢を持って前に進んでいってください。
作家紹介:マツオヒロミ先生
イラストレーター。 自著は 「百貨店ワルツ」(実業之日本社)・画集IMVシリーズ『マツオヒロミ』(翔泳社)。その他小説のカバー画など描いています。