ぽち先生にインタビュー!背景・情景イラストレーターのご経歴から背景作画コツまで
目次
「人の暮らしの温かさ」をテーマに活動している風景・情景イラストレーターのぽち先生。
玄光社様より画集「廃坑の街 ぽち作品集&作画テクニック」を出されているほか、
ゲーム背景やアニメ・マンガの美術設定、広告、書籍装画など風景が存在する幅広い商業案件をはじめ、講師業務にも積極的に関わられています。
ここではそんなぽち先生にインタビューを行い、制作で大事にされていることから、作業環境まで色々なご質問をさせて頂きました。ぜひみなさんご参考になさって下さい。
ぽち先生が描かれる背景画は、写真のような精密さと絵画のような味わいを感じます。自然物や人工物を問わず、幅広いモチーフを描くためにどのような工夫や練習をされましたか?
ぽち先生:そのため、何かを描くときは曖昧なイメージのまま描かず、とにかく調べること。
そして、普段から好奇心をもっていろんなものを見ること。
背景の上達のためにはこの二つがとても大事です。
例えば、木の種類や建物の構造、パースの捉え方など毎日3つだけでも新しい知識を覚えれば1年で1000個以上の知識が積み重なりますよね。そうすれば、調べる時間も減りますし効率も上がり、精密で説得力のある絵が描けるようになります。
参考資料としては、まず自分の好きな作家や作品(アニメやゲームなど)の美術画集・設定資料集などを揃えるといいと思います。
眺めているだけでとてもたくさんの学びがありますし、モチベーションになります。
また、例えば植生や建築などは専門分野の本を買ってみるのもいいと思います。
例えば私も関わっているX-Knowledgeさんの『建築知識』シリーズは、もともと建築業界用の専門雑誌ですが、ここ数年は風景イラストレーターとも多数コラボしていて、背景を描くのに欠かせない知識を分かりやすく網羅してくれているので、お勧めです。
絵を描く仕事がしたいといつから思い始めましたか?ご家族や周囲の反応などあれば合わせてお願い致します。
ぽち先生:就職したあたりから単発で依頼を頂くようにはなっていましたが、就職3年目に出版社から頂いた画集出版のお話が公務員として許される副業の限界を超えるなと思い、独立を決めました。
実家暮らしの市役所職員という安定を捨てて厳しい業界に行っていいのか1年ほど悩みましたが、相談した職場の上司や両親に応援してもらえたことが決断の後押しになったと思っています。
現在のように独立される前は、市役所職員をなさっていたのですね!まったく異なる業種ですが、就職以前からイラストレーターとしてお仕事依頼を受けられていたのでしょうか?
ぽち先生:「sora tob sakana」というアイドルグループのジャケットイラストで、アイドルに全く興味がなかったため初めは戸惑いましたが、関わっているクリエイターの顔ぶれや事務所の人の話を聞いたりするうちに、「かなりアーティスティックなグループでこれは面白そうだぞ」と思うようになり、受けさせていただきました。
一般的に背景クリエイターの仕事はアニメやゲーム背景の外注が多いので初仕事として異色ではありましたが、結果的に仕事としてもとても面白かったですし、その後もたくさん仕事でご一緒したり別の仕事に繋がっていったので、初めての仕事がこのグループでよかったと思っています。
背景を描く際にキャラクターと背景で世界観が異なったり、浮いてしまったりと違和感が出ないよう気を付けるポイントや作画の心得などアドバイスお願いいたします。
ぽち先生:キャラクターメインの絵の場合「背景」は状況説明やキャラの引き立て役に徹する必要がありますし、逆にコンセプトアートなど「風景」メインの絵の場合は、キャラクターも風景の中の1オブジェクトとして、風景の空気感になじませていく必要があります。
まずはどちらが主役なのかをしっかり決めてから描きましょう。
そのうえでどちらにも共通するのが、ライティングや色味を主役に寄せることです。
馴染まない原因の多くは明るさや色味がそれぞれで異なっているからです。
夜景なのにキャラクターが明るい色で塗られていたら浮きますし、夕焼けの背景なのにキャラが寒色系で塗られていたら違和感がありますよね。
「どちらも同じ空間に存在している」ということを意識してみてください。
影響を受けた作家さまや、絵を描くきっかけとなった人物はいますか?また出会ったきっかけもあわせてお願い致します。
ぽち先生:今の日本と地続きの、黄昏の世界。どうしようもなく、確実に来るであろう終わりの影をかすかにまといながらも、変わらずに続いていく穏やかで温かな人の暮らし。
親が単行本が出るたびに買っていたのですが、多感な10代半ばにリアルタイムであの世界を追い続けた時の感情が、今の私の創作テーマで10年描き続けている「人の暮らしの温かさ」の源流になっています。
ぽち先生の作品は人の温かみを感じられる街並みの光や星空などコントラストの対比が素晴らしい作品が多いですが、気を付けている事などありますか?
ぽち先生:圧倒的に大きい存在である自然の中にいるからこそ、その中にポツンと灯る人の暮らしの灯の温かさが身に染みるのだと思います。
常に暖房の効いた部屋の中にいると忘れがちになりますが、寒い中暖房の効いた家に帰った時のホッとする感覚って素敵ですよね。あの感覚を絵で表現したいと。
イラストレーターや漫画家に憧れる方が多い中、プロになる前のぽち様はどのような活動やアプローチをされましたか?現在も続けていることがあればあわせてお願い致します。
ぽち先生:10年前はちょうどSNSが影響力を持ち始めた頃で、いち早くその波に乗れたことと、そこで「温かい夜景を描く作家」というイメージを固められたことが、結果的に今でもたくさんの方に作品を見ていただけ、そして仕事に繋がっていると思います。
特に、市役所勤務から独立した私は業界の会社との繋がりがないので、今でもお仕事の大部分はSNS経由か知り合いの作家さんからの紹介です。
最近は背景でも流行りの絵柄がはっきりと見える様になってきましたが、表現手法としての流行りは意識しつつも「表現したいものそのもの」はブレない様に、作家性を大切にしています。
背景作画にも流行りがあるとのことですが、2022年現在どのような絵柄が好まれていると感じられますか?またご自身の作風に新しい表現を取り込んでいく際のメリットやデメリットをお教え下さい。
ぽち先生:これは、TLを膨大な情報が流れ続けるTwitterやinstagramなどのSNSでは「目に引っかかる」ことがまず大事で、そのためにサムネサイズでも引っ掛かりやすい方向に進化しているのだと思います。
海外の方はむしろ情報を整理してライティングと面構成で魅せる方向の作品が増えているイメージがあるので、興味深い現象だなと思います。
魅力的な絵を描くためのコツや、おすすめの上達法などはございますか?
ぽち先生:TwitterやYouTube等でたくさんのTipsが公開されていて、「これさえできれば劇的に旨上手くなる!!」といったものに眼が行きがちです。
実際この手の小技も非常に有用であることは間違いないのですが、実はその大部分が「基礎ができていること」が前提の技術だったりします。
例えばパースが取れない状態でフォトバッシュにハマってしまうと、情報量が多いからぱっと見カッコいいけど、全体的には違和感だらけな絵になってしまう…と言ったことが良く起こります。
趣味の創作なら良し悪しの判断は自分なので全然それでもいいのですが、プロを目指す人は基礎に裏打ちされた応用力が必須になるので、それでは通用しません。
今の自分の基礎的な技術力をしっかり認識したうえで、使えるTipsは積極的に吸収していきましょう。
絵を描くのに悩んだりつまづいたりしたご経験はありますか?どのように逆境を乗り越えたかもあわせてお願い致します。
ぽち先生:ただ悩む、つまづくというのは、自分の理想や描きたいものに対して技術が追い付いていない状況なので、決して悪い事ではありません。
こういうときは、
- 「描きたい作品の理想像」(ゴール)を明確にする
- 「今の自分の技術力」(スタート)と比べる
- 理想に到達するために足りない技術を考えてる
- 足りない技術を伸ばすための情報を探したり練習をする
の手順を繰り返して、乗り越えていきます。
乗り越えた先には新たな理想像が見えてくるので、延々とこの繰り返しです。
それでもダメなときは大体感情が疲れている時なので、一旦絵描くのをやめて、寝食を丁寧にこなしたり散歩したり、ゲームしたりしてます。映画や漫画、小説など他の作品に没頭するのもいいですね。
優しくインプットを入れて、疲れて凝り固まったアウトプットを揉みほぐしていくイメージです。
過去に描かれたイラストから、当時足りなかったと実感したのち意識改善や練習に取り組んだ箇所がございましたら一例をお教えください。
ぽち先生:そのため、今年はサムネ映えを意識したキラキラしたイメージや臨場感を押し出すのを目標に、画角(望遠→超広角)やカメラアングル(平行→あおり)、シチュエーション(田舎→街中)と描き方を大きく変えてみました。
どちらの方がいいという話ではないですが、同じイベントの絵を異なるアプローチで描くことでどのような違いが出るのかを試してみた感じです。
ぽち先生は1枚の作品をつくるのにどれくらいのペースで描き上げられますか?構想やアイデア、線画、塗りでそれぞれ何時間~何日くらいか教えてください。
ぽち先生:ラフにかける時間はそんなに変わらないので、料金が増える=かけられる時間が伸びるほど清書の情報量を増やしていけるイメージです。
趣味絵は時間を気にせず気が済むまで描き込むので、1日で衝動的に描き切ることもあれば、半年かけてゆっくり煮詰めながら描いた絵もあります。
ぽち先生が仕事で使われている道具や機材、作画環境を教えてください。
ぽち先生:タブレットは液タブのwacom cintiq pro 24、モニターはEIZOの27インチと23インチです。
特に線画は、板タブから高解像度の液タブに変えて飛躍的に描きやすくなりました。
ソフトはほぼ全てCLIP STUDIO PAINT PROで制作し、納品用のpsdデータのみPhotoshopで調整しています。
ぽち先生のイラストは、幻想的なライティングが特に魅力的だと感じます。光(灯)を描く際にこだわっていらっしゃることはありますか?
ぽち先生:そのため、世界観設定としても白熱球の様な暖色系の明かりを大目にしていますし、柔らかく少しぼんやりしたような、日常を優しく包み込むような街明かりを描くようにしています。
具体的には、地塗りの時点でグラデーションをしっかり描き、発光系の効果レイヤーは不透明度を落として最後の調味料程度に抑えるようにしています。
また、窓の中、部屋の家具などまである程度描き込むことで、ただ明るいだけでなく灯の下の暮らしまで想像が行くようにしています。
過去のぽち先生にご質問です、絵の練習をしたいと思い立った時にもし身近に頼れる先生やプロがいたら何を教えてほしいですか?
ぽち先生:あとは、完全独学で見よう見まねの技術ばかりだったので、デッサンやライティング、レイアウトなどの自分では気づけない基礎部分を添削してくれる先生が欲しかったです。
制作以外だと、仕事のスケジュール管理や金額交渉は今でも教えてほしいと思ってしまいます…。
ぽち先生の作家としてのご経験から、自然物と人工的なもの(建築物)ではそれぞれどのような箇所に気を付けて作画すると良いと考えられますか?
ぽち先生:なので、街を描くときなどは自然物と人工物のシルエットをしっかりと描き分けてライティングなどのレイアウトを考えると整理がつきやすいと思います。(直線状の建物に柔らかい植物の影を落とすなど)
逆に、私がよく描くような半分廃墟化しつつある建物などは、もともと硬い人工物の角を削って自然に帰りつつあるようなイメージで描くと良い感じに自然となじみます。
弊社は個別指導のイラスト・マンガ教室を運営しているのですが、個別指導で一人づつの課題に対して提案や指導が受けられるスクールについてどう思いますか?
ぽち先生:そのため課題制作で教室を回りながらする個別アドバイスは生徒によって全く異なることが多いです。
みんなが取りあえず同じ方向を目標にして勉強する義務教育や普通教育と違うのが、この目指す方向性の違いだと思います。
そういう意味で、個別指導はクリエイター育成にとても向いている指導体制だと思います。
今後の活動について、やってみたいことや目標はありますか?またぽち様のようにプロの作家を目指す皆さんへメッセージやアドバイスをあわせてお願いします。
ぽち先生:ブランド力を高めるための世界観のブラッシュアップもそうですし、3Dや動画展開など2Dイラストにとどまらない手法でもやってみたいことがあります。
今までの仕事もオリジナル創作で培ったものを土台にこなしてきたので、結果的に仕事としても新しい世界が見えてくるんじゃないかと思っています。
一口に「プロ」と言っても、業界も様々、関わり方も様々です。
会社内で専門職のクリエイターになりたいのか、フリーランスとして幅広くかかわっていきたいのか、まず自分がどのように絵と関わりながら生きていきたいのかを考えていくといいのではないでしょうか。
そのうえで、私の様に幅広く関わっていたいという方は、ぜひ自身の世界観や個性、そこから生まれる「こういう絵柄はこの人に頼みたい!」というブランドをしっかりと培い、そしてどんどん発信してください。
私は三重で育ち独立前は岐阜で仕事をしていましたが、自身の魅力や強みを効果的に発信できていれば地方にいてもチャンスをつかめるのが今の世の中の素敵なところです。
目の前の壁に悩むこともあると思いますが、その向こうにある夢に向かって、今できることを一つずつこなしていきましょう!
作家紹介:ぽち先生
ぽち先生:ゲーム背景からアニメ・マンガの美術設定、広告、書籍装画、美術館等での展示、Vtuberの動画背景など風景の存在するコンテンツに幅広く関わっているほか、専門学校やオンライン教育サービスなどの講師も積極的に引き受けています。
オリジナル創作では玄光社さんから画集を出していただいているほか、コロナ禍以前は自主制作の画集を定期的に作成して、コミティアなどの即売会で配布もしていました。
少しノスタルジックで、穏やかに温かい。そんな世界をこれからも世に送り出していきたいです。